商業上の信用というものは、どこから起こるかというに、偽らざる根源である。偽らぬと言う根源がなければ、信用の生じようがない。商業者のいわゆる掛け引きというは、取りも直さず嘘である。嘘は資本の一つと言いしもまた嘘である。渋沢栄一訓言集より
渋沢栄一翁の「論語と算盤」の論語の大事なキーワードに「敬」がある。
商売人は商売をするにあたりお客様の存在がなくては成り立たない。
お客様は人間であり、一人の人間として敬うのは当然である。
ましてや、我々に利をもたらして下さるのだから。
商売の基本で、「買っていただいて有り難う御座います」と、御礼をする。
この際も、心を込めて全身全霊を込めた御礼をする。
こういった前提を知った上で、作為のある行いをしておっては、信頼の
商いを実践できるわけがない。
松下幸之助氏も同じ様な事を仰っている。
信用は商品だと。お客様は
信用にお金を払うと言うことだ。
「天が見ている」というが、実感が沸かない人もいるかも知れない。
あえてシビアな言い方をしよう。
人間は嘘をついている事を隠し通せるほど演技が上手ではない。
嘘をついていない演技をして嘘をつくのは困難なことだ。なにしろ嘘をついているのだから。
どこかに怪しさやシッポが見えてしまう。頭の切れる人が嘘をついても同様で、やはり怪しさは現れてしまう。
それは、仕方のない事で、
嘘をつく人間でも自分には正直だから、ふとした瞬間に地が見えてしまうのだ。
頭の良い人でもそうなのだから、凡庸な自分は、本業で一生続けようと思っている仕事においては、子供のように素直にお客様へ対応するようにしている。その方が、問題が起きても、お客様への説明の筋道が立っているし、誠意もストレートに伝わって、クレームも好転していく事が経験上多い。
プライドを持って、自分の仕事が世間様のお役に立っていると実感できる商売をしているのなら、嘘で固められた
商いなんて恥でしかないと思う。長く続けていきたいからこそ、正直に
商いをさせていただく。正直にやって失敗しても、お客様は過程を見ている。それがそのままクレームになる事は少ない。作為を感じるからこそ、お客様はクレームを提言して下さるのだ。襟を正せと提言して下さるのだ。そういうお客様に巡り会う事ができると、また、
商いの本道に戻ることができる。
結局、
商いを永続発展させていくには「おかげさま」の精神が大切なのだと思う。
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