○商業上の真意義は自利利他である。個人の利益はすなわち国家の富にして、私利すなわち公益である。公益となるべきほどの私利でなければ真の私利と言われない。渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日) - 昭和6年(1931年)11月11日)は、幕末の幕臣、明治時代初期の大蔵省官僚を経て、実業家として活動した。第一国立銀行や王子製紙・日本郵船・東京証券取引所などといった多種多様の企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父と呼ばれる。
正二位勲一等子爵。雅号は青淵。戒名は泰徳院殿仁智義譲青淵大居士。
この考え方は、国家が国民に対して利益分配や行政サービスが
適正に行われた場合に通じる。
国家が無くとも人は存在すると、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーというキャラクターは言っていたが確かにその通り。彼の立場は腐敗した民主国家の軍人であり、その国家が戦争を政治の道具として国民の人権を弄んでいる時代だ。国家の代表達にそうも皮肉を言いたくなったのであろう。
ただ、現代の世では日本という国家が無くては、「円」という貨幣は存在せず、他の国家との競争もできず、いずれどこかの国家に吸収されてしまうだろう。国家を放棄すると言うことは、民主国家の人民に与えられている自由な権利と言えるが、今、日本という国が存在することで幸福な人間は、不幸になる人間に比べ圧倒的多数に違いない。不幸だと思っていても、実はその有り難みを感じていないだけかも知れない。
愛国心は造る事象ではなくて、芽生える(育つ)事象だと思う。
私は、この国の歴史を作ってきた人物やご先祖様に感謝や尊敬の念を抱いている。
過ちや失敗もあっただろう。ただ、こうして生きていられるのは彼らの人生があったから。
また、他の国にも立派な人物は存在する。
私は、現代の彼らの国で彼らを尊敬している人間を尊敬する。
価値観が似ているという事も正直そうだが、自分の今立っている事が、過去の事象の積み重ねと結果によって成り立っている事自体が大変に有り難いことで、それを知っているからだ。
今、自分が存在する事に否定的であってどうしよう。
それでは、全てのご先祖様に申し訳が立たぬし、自分を頼りにしてくれている、支えてくれている人々へ申し訳ないではないか。
人は生まれたからには天命があるのかもしれない。それは命令的な物ではないと私は思う。
一人ひとりに違った意味と方法論で与えられている独自の物だと思う。
それを認識して、自分が世の中のために何ができるのか。其れを問い続ける人は幸せであろう。
吉田松陰先生も仰っていた、「人間の中で不要な人間なんて存在しない」と。
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