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陽明の五溺 安岡正篤 照心語録より

王陽明に"五溺"というものがある。
彼が耽溺(たんでき・一つのことに夢中になって、他を顧みないこと。)した
任侠・騎射・詩書・神仙・出離(しゅつり・仏門に入ること。)のことだが、
陽明を人間学的に考える上で、これは深く味わわなければならぬ問題である。

任侠とは自己本位ではなく、
他人の不幸や逆境に感じてこれを助けようとすることだ。
それは自己を人間的に大きくする経験でもある。
だから子供の時に任侠の精神を持たぬ、或いは持たさぬということは、
人間としての踏出しを誤ることである。

人間には武芸を始めとして、戦うと言う事が必要だ。
歴史はトインビーのいわゆる"挑戦と応戦"から成立している。
この"戦い"をなくすると人間のエネルギーは消滅するだけで、
文字通り文弱となり、何事も為し得ない。

武芸と共に文芸を解すること。
そして若い時には神仙や出離に憧れるのも大事なことだ。
世俗を嫌い、正しい意味での空想を持つ事は、
人間の潜在意識にある宇宙性を精神観念を通じて発揮せしめることだからだ。
余りに地上に執着し世俗的であってはよくない。

陽明の五溺は一人陽明に限らず、
誰もが各人相応に経験すべきものだ。
それもなるべく若いうちがよい。
それで始めて『論語』にいわゆる「三十にして立つ」こともできる。


照心語録

今回は、知人にお貸ししていた照心語録が戻ってきた為、
その知人、また私の知る志有る方々へのメッセージとして
安岡先生の「王陽明五溺」に関する記述を取り上げた。

知己の林田氏や、陽明学者の林田明大先生に、
あれこれと思想に触れて一つの考え方を極めない姿勢を自嘲すると、
必ず「あの王陽明にも五溺の時代がある」と励まして頂いたものだ。(苦笑)

「任侠とは自己本位ではなく、
他人の不幸や逆境に感じてこれを助けようとすることだ。」


侠気、任侠という言葉を誤解している人が多い現代。
私事であるが、儒侠の「侠」の字は、ここからきている。(笑)
先日Twitterでも呟いたのだが、私は「相手が困っている時に現れ助けるが、
順調になるとその前から姿を消す気質」という天の邪鬼な気質を持っている。
勝海舟先生も全く同じ事を言っていて驚いたが…他人とは思えない。
話を戻すが、自分視点で「一番辛いときに共にいてくれる人」こそ真に尽くすべき友だし、
自分としても仲間の一番の苦境に「大丈夫だよ。俺(私)は逃げないから」と
傍で支える存在であるべきではないかと思う。

「"戦い"をなくすると人間のエネルギーは消滅するだけで、
文字通り文弱となり、何事も為し得ない」


戦う事。それは他者に対してだけではなく、自分との戦いや問題や課題が相手でも構わないと思う。
何かに対して心を燃やす事が大切なのだ。
戦う場は、自分が幾ら努力しても飽きないフィールドが好ましい。

「世俗を嫌い、正しい意味での空想を持つ事は、
人間の潜在意識にある宇宙性を精神観念を通じて発揮せしめることだからだ。
余りに地上に執着し世俗的であってはよくない」


私の大切な同志の、武楽という勇ましく華麗な芸能に打ち込まれる源光士郎さん。
彼は「地上に執着し世俗的であってはよくない」というのに適った人物である。
その上、自分なりの宇宙観や精神感を持たれている。
自分の人生に対する真剣さと真摯さが、その舞や顔つきに現れておられ、
そのカリスマで周囲の人々をいずれ来るステージへ導いている様に見える。
その姿は、高杉晋作を彷彿とさせる。
彼も世俗を嫌い、正しい意味での空想を持ち、地上に執着せず世俗的ではなかった。

「陽明の五溺は一人陽明に限らず、誰もが各人相応に経験すべきものだ。
それもなるべく若いうちがよい。それで始めて『論語』にいわゆる「三十にして立つ」こともできる」


人間には、「定まらず迷い、求めても見つからない時期」があっても良い。
少なくとも王陽明安岡正篤先生はそれを肯定してくれるだろう。
しかし、求めること求道心がなくては意味が無くなってしまう。
求めるものに巡り会えないのか、求めるものが見える見識に到達していないのか、
求めるものが登場するにはまだ時間が掛かるのか。
いずれにしても、求めていなくては「見つけた」と感じる事は無い。

今回の内容は、私の応援したい方々へ送りたい。
独自の絵画を探求し、自分の表現の手段を広めていくY氏、
志高く人生を歩まれる普段お世話になっている皆様、
そして、このブログをご覧下さっている皆様へ。
一緒に道を求めて進んでいきましょう、笑い合える日まで。
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theme : 文明・文化&思想
genre : 学問・文化・芸術

tag : 王陽明 安岡正篤 五溺 生き方 若者

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Secret

No title

「仲間の一番の苦境に「大丈夫だよ。俺(私)は逃げないから」と」・・・この絶対的な味方!なんという安心感!迷いなくずっと戦っていけそうですね。求めよ。さらば与えられん、でしょうか。では、死ぬまで求め続けていきましょう。

ミリわんさん

こんにちは、ミリわんさん。^^

自分にもそういう仲間がいると信じたいです。

仲間の目的に共感できるなら、苦境に陥っても逃げ出したくはありません。
逃げ出したら一生後悔しそうですし。

でも、「仲間という認識」に対する見切りをつける時も早いので・・・
あれ?こいつおかしいぞ?と思ったら、距離を置いてしまいます。(笑)

No title

今晩は。
おひさしぶりですね。
出来ることでしたら、御故郷の陽明学者を検証、発掘する作業などを心がけてみてください。
以外に、貴重な史料が、未だに人目につかないで、埋もれたままで眠っている可能性があるのです。実際に、最近、といっても10数年前ですが、甲野善紀先生の縁で、地方の図書館から発見されたこともあるのです。

Re: No title

林田明大 先生

ご無沙汰しております、林田先生。

31日の福島原発の件は驚きましたね。
それと、児玉教授の発言を収めたyoutubeの動画が閲覧できなくなってしまうという状況です。
林田先生のブログに転載された文章は貴重ですね…

> 出来ることでしたら、御故郷の陽明学者を検証、発掘する作業などを心がけてみてください。

先生から別れの際にご指導頂きましたね。
活文禅師という方が優れた人物と少し調べ始めていたのですが、
資料が難解で手を焼いていました。^^;

> 以外に、貴重な史料が、未だに人目につかないで、埋もれたままで眠っている可能性があるのです。実際に、最近、といっても10数年前ですが、甲野善紀先生の縁で、地方の図書館から発見されたこともあるのです。

甲野善紀先生のご縁でですか。
私に古い書籍を読解する能力があれば良いのですが…
仕事が落ち着いてきたら、郷土人物史を広めてみたいと思います。

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