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島津日新公いろは歌 島津日新斉忠良公

い いにしえの道を聞きても唱えても わか行いにせすは甲斐なし
古来から言われてきたどんなに素晴らしい道も,自分で実践して行わなければ何にもならない

ろ 楼の上もはにふの小屋も住人(すむひと)の こころにこそハたかき賤しき
どんなに立派な御殿に住んでいる人も,粗末な小屋に住んでいる人もそのことだけでは人間の価値は判断できない。要は住んでいる人の心の気高さが重要なのだ

は はかなくも明日の命を頼むかなけふもけふもと学ひをはせて
人間明日のことは予測がつかない。勉学修行を明日にしようと引き延ばし,もし明日自分が死んだらどうするのか。今その時その時に全力投球せよ。

に 似たるこそ友としよけれ交らハ われにます人おとなしき人
人は時として自分と実力が同等の人と仲良くなるが、それではそれ以上の進歩は望めない。自分より資質の上であると感じる人とつきあうことで己の腕を磨くべし

ほ 佛神他にましまさす人よりも こころにはちよ天地よくしる
神仏は自分以外のどこにでもいるものではない。自分の中におられるのだ。恥ずかしい行いをして世間がどうのこうのと言うが,それは間違いである。世間は欺けても己の心は欺けない。

へ 下手そとて我とゆるすな稽古たにつもらハ塵もやまとことの葉
下手だと思っても稽古をやめてはならない。ちりも積もれば山となるではないか。継続に勝るものはないのだ。

と とか(科)ありて人を斬るとも軽くすな いかすかなたもたたひとつなり
重大なミスを犯した者であっても簡単に裁いてはならない。その人を活かすも殺すもトップの心一つである。適材適所の配慮を心がけよ。

ち 知恵能ハ身に付ぬれと荷にならす ひとはおもんしはつる物なり
知識,学問,技術,芸能などは身に付いても決して重荷にはならないから大いに身に付けるべきである。かえって人はその人を重用し,それがない人は己に恥じることになる。

り 理も法も立たぬ世そとて引安き こころの駒のゆくにまかすな
道理も法も乱れた世の中だといって,心のゆるすまま安易な方へ傾き,勝手わがままに過ごしてはいけない。こんな時こそ気を引き締めて廻りを固める努力をすべきである。

ぬ 盗人は与所(よそ)より入とおもふかや みみめのかとに戸さしよくせよ
盗賊はよそから来ると思いがちだが,本当に怖い盗人は己の耳や目から入り込んでくる様々な誘惑である。このことで人の心は乱れ揺れ動き,盗まれるのである。戸締まりは自分の耳,目にするべし

る 流通(るつう)すと貴人や君か物かたり はしめてきける顔もちそよき
たとえ自分の知っている話を目上の人が話しても,初めて聞いたような顔をすることがその人に対する礼儀である

を 小車のわか悪業にひかれてや つとむる道をうしと見るらん
人はつい己の怠け心にずるずると引っ張られがちで,やがては自分のつとめる仕事もつらくなり悪い癖となって下落してゆく

わ 私をすてて君にしむかハば うらみもおこり述懐もあり
私心を捨て物事にぶつからないと 何かの時にうらみや不平不満がおこるものである

か 学文は朝のしほのひるまにも なミのよるこそなほしつかなれ
学問をするには昼夜すべきであるが,特に夜は静かで勉強しやすい。夜遊びなどして無駄な時間を過ごすのではなく,しっかり勉強すべし

よ よきあしき人の上にて身をみかけ 友ハかかみとそなるものかし
善きにつけ悪しきにつけ他人の姿をよく見て自分を磨け。特に友達は自分の鏡となるものである

た たねとなる心の水にまかせすは 道よりほかに名もなかれまし
煩悩の心を水の流れに任せるようなことさえしなければ,道を外した風評など流れないはずだ。

れ 禮するハ人にするかハひとをまた さくるはひとを下げるものかは
礼は他人に対して尽くすものだろうか いやそうではない。また他人を軽蔑することはただ単にその人を見下げるということであろうか。これもそうではない。すべて己にかえってくることなのである。

そ そしるにも二つあるへしおおかたハ 主人のためになる物としれ
人を謗るにも二通りの場合がある。ただ単に恨みや不平で言う場合と,その人のためを思って真心を持って言う場合である。受ける側は冷静に判断し,広く耳を傾け自分に落ち度がないか見極める器の広さが必要である。

つ つらしとて恨ミかへすなわれ人に むくひむくひてはてしなき世そ
じぶんがどんなにつらい仕打ちを受けても,決してそれに仕返しをするようなことは慎まなければならない。人を許す気持ちを持つことこそ必要である。

ね 願ハすはへたてもあらしいつはりの よにまことある伊勢の神かき
天は全てお見通しである。誠を持って物事に対処すればそれ相応の人生を歩むことができ,不正を持って物事に対処すれば地に落ちるがごとき人生を歩むことになる。例え,人は欺けても,天は公平に人を見ている。

な 名を今にのこし置ける人もひと こころも心なにかをとらむ
後世に名を残した人も,我と同じ人間である。心だって同じであるわけで,決して卑下するべきではない。

ら 楽も苦も時過ぬれハあともなし よに残る名をたた思うへし
楽しいことも苦しいことも時間がたてば何も残らない。人たるものは後に名が残るような人生を歩むべきだ。

む むかしより道ならすしておこる身の 天のせめにしあハさるはなし
昔から道をはずして悪い行いをする人は,必ず天罰に会わない者はいない。

う うかりける今の身こそは前の世と 思へはいまそ後のよならん
混沌としたこの世は,前世の悪業の報いであると思えば,今の世で成すべき己の身の振りようは後の世にどう反映されるか分かるであろう。一度しかない人生を無為に過ごしてはならない。

い 亥にふして寅にはおくといふ露の みをいたつらにあらせしかため
夜10時に寝て,朝4時に起きるとよくいうが,これは限られた人間の寿命を一刻たりとも無駄にしないための戒めである

の 遁るまし所をかねて思いきれ ときにいたりてすすしかるへし
窮地に追い込まれ,どうしても遁れることのできない場合,命を捨てる覚悟を決めておくがよい。いざというときに涼風のごとき澄んだ気持ちで事に対処できよう。

お おもほえすちかふものなり身の上の よくをはなれて義を守れ人
思わずも道を外すときがある。己の私心があるからである。一切の欲を捨て,真を貫くことが肝要である。

く くるしくと直道をゆけ九折の すえハくらまのさかさまの世そ
例えどんなに苦しくとも正道を進みなさい。もし,うねり曲がった道を歩めば,その末はどん底に落ちてゆく。

や やはら倶といかるをいはは弓と筆 鳥にふたつのつはさ(翼)とをしれ
穏やかと怒るは言ってみれば弓(武)と筆(文)のようなものである。鳥は二つの翼があってようやく空を飛べるように,人間もこの二つのうちどちらが欠けても役に立たない。

ま 萬能も一心とありつかふるに みはしたのむな思案堪忍
いかにいろいろな才能に芸能に秀でていても,その人の心が悪ければ何の役にも立たない。人に仕えるとき,自分の才能をひけらかして自慢してはならない。

け 賢不肖,用いすつるといふ人も かならすならハ殊勝なるへし
賢い者を使い,愚かな者を切り捨てることが言葉通りきちっとできるならば,これほど感心なことはない。

ふ 無勢とて敵をあなどることなかれ たせいを見てもをそる(恐る)へからす
少数の敵だからといってあなどってはいけない。また,多数の敵だからといっていたずらに恐れる必要はない。冷静沈着に事に対処すべし。

こ 心こそいくさする身のいのちなれ そろゆれハいき揃ハねばしす
心こそ戦争する者の命である。自分たちの軍隊の気持ちが一つにまとまっていれば生きることができ,揃っていなければ死を招く

へ 回向には我と人とをへたつなよ かん経(きん)はよししてもせすとも
死者を弔うことは敵味方を区別してはならない。読経するかしないかに関わらず,手厚く弔うべし

て 敵となる人こそハわか師匠そと おもひかえして身をもたしなめ
自分にとって敵となる人こそわが師匠と思いなさい。思い直して冷静に観察すれば必ずや自分の足りないところは反面教師として見えてくるだろう。

あ あきらけき目も呉竹のこのよより まよハばいかにのちのちのやミちは
明らかなるこの世でさえ目がくらんでいたら,死んだ後の行く末はあの世でどうなることだろう。

さ 酒も水なかれもさけと成そかし たたなさけあれ君かことの葉
昔,中国の越王勾践は呉を討ったとき,もらった酒が少なく,また,自分一人で飲むことが忍びなかったので,川の上流にながして下流で家臣達に分け与えたところ,家臣達は感激し,大いに士気が上がったという言い伝えがある。上に立つ者は,たった一言であれ情けのこもった言葉をかけてやるように努めるべし。

き 聞くこともまた見ることも心から ミなまよひなり皆さとりなり
我々が見たり聞いたりすることはすべて己の心の持ちようで,迷いともなり悟りともなる

ゆ ゆみ(弓)を得てうしなうことも大将の 心ひとつの手をハ離れず
軍隊の結束力をまとめるのも,失うのもすべて大将の心一つにあることを忘れてはならない

め めくりてハわか身にこそはつかへけれ 先祖のまつり忠孝のミち
先祖を祀ることや,忠孝の道に尽くすということはやがて自分にめぐりめぐってくるものである。おろそかにしてはならない。

み 道にたた身をハ捨むと思ひとれ かならす天のたすけあるへし
正しい道のためには命を捨てる覚悟で事にあたれ。必ずや天の助けがあるであろう。

し 舌たにも歯の剛きをハしるものを ひとハこころのなからましやは
舌でさえも歯の固きことを知っているのに,人は心というものがある以上相手の心を思いやる気持ちが無くてはどうなろうか。決してそのようなことは人の道に反することである。

え 酔へる世をさましもやらで杯に 無明のさけをかさぬるハうし
あたかも酔った人のごとくふらふらした今の世を,まともに立て直す努力もせずに,ただいたずらに酒の力を借りて大言壮語したり,国を衰えさせたりすることは情けないことである。まっすぐに見据えよ。

ひ ひとり身をあはれと思へものことに 民にハゆるすこころあるへし
独り身の者,独身者や特にお年寄りなどに対してのいたわりの気持ちを忘れずにいなさい。また,国民には寛大なる心で接しなさい。

も もろもろの国やところの政道ハ 人にまつよく教えならハせ
いろいろな国や町の政治,法律や制令というものは,まずその民衆に教え聴かせ理解してもらってから効果を期待するべきである。その努力せずして法の下に処罰してはならない。

せ せんにうつりあやまれるをハ改めよ 義ふきハ生れつかぬものなり
過ちがあったらすぐに善に移せ。誤りがあったならすぐに訂正しろ。義も不義も人間の生まれつきのものではない。

す すこしきを足れりともしれ満ぬれハ 月もほとなき十六夜の空
少し足りないぐらいを満足とすべし。月も満月からは欠けてゆき,十六夜の月となって欠けていってしまうものである。


錦江町立神川中学校様のサイトより引用させていただきました

元旦の更新は、島津日新公いろは歌でスタートさせていただく。
領土争いの絶えない戦国時代の為政者がこの首を詠んだというところに、
加世田という地域に暮らす人々が「島津の殿様」といえば
「日新公」といわしめる理由が読み取れる。

私の大好物である神・仏・儒に通じておられ、その方向性や言葉にとても共感する。
四人の孫を「義久は三州の総大将たるの材徳自ら備わり、
義弘は雄武英略を以て他に傑出し、歳久は始終の利害を察するの智計並びなく、
家久は軍法戦術に妙を得たり」と、人間学者的な発言をしているところから、
これもまた親近感を持ってしまう。おこがましいのだけれど。

もしも日新公が私の枕元に現れたら、様々な人物について語り明かしたいと思ってしまう。
幕末期については島津が活躍するので、大いに盛り上がりそうである。
私は、上田藩・赤松小三郎が薩摩軍の基礎に役立っているとお話しするのであろう。(笑)

今回の内容は大晦日と同様、一年の指針建ての一助と為ればと思い掲載した。
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theme : 文明・文化&思想
genre : 学問・文化・芸術

tag : 島津日新斉忠良公 いろは歌 島津家

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