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十七条憲法 第三条の解 安岡正篤 人生の大則より

いったん天皇の詔勅が下ったならば、
臣下たる者は、必ず謹んでこの旨を服膺実行せねばならぬ。
君臣の関係をたとえていえば、君は天であって、臣下は地である。
天は上から覆い、地は万物を載せるという自然の理が正しく行われておれば
春夏秋冬も順調にゆき、万物は自然の法則のままに正しく生成変化する。
一たびこの法則を破って、逆に地が天を覆うとすれば、たちまち大地みずからが壊れてしまうのであろう。
それであるから一たび天子が命令されたことは、臣下は、その旨に添うように努力し、
また天子が実践されることは、下の者もこれに従うようにせねばならぬ。
即ちいったん詔勅が下ったならば、謹んでこれを奉体、実行すべきである。
かりにも詔勅に背くような不謹慎な行いがあったならば、それは結局、
自らを滅ぼす結果となるであろう。


人生の大則―人間学講話

ピラミッド階層の組織を社会体制とする人間も動物も、
その仕組みを破壊してしまうと、その組織は機能しなくなってしまうことがある。

しかし、場合によっては新しい頂点の者によって支配され、再運営される事もある。
だから、頂点の者が変わったとしても、組織に大した影響を与えずに
継続される組織は柔軟で、組織内の者達にとっては良いことなのかも知れない。

そうなる前段階で、組織を長命させる為の秘訣が、
聖徳太子の述べている事ではないだろうか。

己が組織の秩序を守るという立場にあれば、
上の命令は苦難を伴う案件であっても、
必ず遂げなくては後が無いと信じ込ませるのが好都合だ。
最低限その命令が、間違いない英断でなくては、一回きりで信頼を失うが…。

今書いたことは、組織の創造性を奪い、人間の自由を縛り付ける。
こうした組織や指導者、会社組織や経営陣は沢山有ると思う。
様々なところで応用されている。

しかし、人間が判断したことで、必ず正しい事なんてあるのだろうか…。
「天皇が“人”ではない」という立場の方には、
「何を言っているか!」と叱られてしまうと思うのだが、
私個人としては天皇陛下は、血の通った優しい紳士だと思う。
なので、失敗することがあっても良いと思うし、
他者に強要をせず、判断を相手に委ねても構わないと思う。

「命令や詔勅を出す」という行為は、誰にとっても快感や快楽ではないと思うからだ。
皇室の方々にも、限界はあるかもしれないが、普通の人々と同じ様な気楽さや、
平凡な幸せを味わって頂きたいと感じるからだ。

人間として産まれた幸せ。
贅沢をする事もそうかもしれないが、平凡であることも幸せの一つだと思う。
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tag : 聖徳太子 十七条憲法 第二条の解 安岡正篤

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