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安岡正篤先生と神道 安岡正篤 人生の大則より

かく生(あ)れて、かく在り。
かく在ることは自から然(しか)るのであって、人よりすれば偶然であるが、
人は学ぶことによって、偶然が偶然でないことを知る。
すなわち当然であることを知る。
当然であることを知るということは必然を知ることである。

(中略)

三輪には平安時代から山伏が活躍したことでも有名である。
山伏は修験者という。深山幽谷に尋ね入り、苦修錬行して神仏を験証する者の意である。
その開山といわれる役の小角は舒明天皇の御問に対して、
「我が行は他無し。心を明らめ人を救ふの道を以てす」と答えている。
この山獄修験道はやがて苦修と悟道によって天下の太平と万民の豊楽を祈願するものとなり、
それが皇国の危難に際しては破邪の剣を執って護国の行者となった。
三輪山伏もその雄なるものであった。
大己貴神の和魂を奉祀する三輪の大神神社にお詣りするごとに、私は限りない感慨を覚える。


人生の大則―人間学講話

エッセイのような内容になってしまうが、「縁尋機妙 多逢聖因」をまたもや感じる機会を得た。

このブログやTwitter等をご覧下さっている方なら知っておられるかも知れないが、
「自分とは何者で、自分は何に加護されているのか・・・」
こうした事を、神社仏閣を訪れたり、其れの由来について調べる度に、不思議な偶然を経験している。

今日、安岡正篤先生の「人生の大則」を開いて、神道について書かれている項を読んでいた。
「人は学ぶことによって、偶然が偶然でないことを知る。」という言葉に衝撃を覚えた。

人間は意識を敏感に保ち、己を深く研究しようとすると、あるメッセージを感じる(受け取る)事がある。
其れを更に深く掘り下げると、一つの答えが見えてくる。
其の答えが、日に日に、必然というか正確なものなのだと確信できる事が起きてくるのだ。

自分は8年くらい前から、安岡正篤、吉田松陰、勝海舟、真田昌幸といったテーマが好きであった。
そこから派生して、様々に興味が広がっていったのだが、
今現在深く掘り下げているのは、神、荒神、天狗、愛宕、勝海舟、真田昌幸の共通性。
其れと私の出自についてである。

私と同じように、皆さんが自分とは何であるかを、
興味のある分野で読み解いていく作業をすれば、ヒントが与えられ、
其の答えが分かるかもしれない。


今私が興味を持って調べている事を、尊敬する安岡正篤先生が昔に語っておられた事。
先生の書籍を初めて手にしたときも同じ感動を味わったのだが、
今改めて安岡先生との精神的共鳴を覚えるのだ。

その興味の矛先が、山岳信仰系の神や密教系に向いている事。
学識は到底及ぶはずもないが、方向性は似ており不思議でならない。
これも先に述べたメッセージ(人は学ぶことによって、偶然が偶然でないことを知る)だと思う。
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tag : 安岡正篤先生と神道 人生の大則

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