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「致良知」 陽明学より

致良知(良知<真の己>を発揮せよ)

「私」と「私でないもの」とのギャップを解消し、心の葛藤をなくして、不動心を確立するためにすることである。良知を致すこと、誠を尽くすこととは、決して自分に嘘をつかないこと。嘘をつくと、どうして良くないのか。嘘をつくと、本音と建前の分離が始まる。外の世界と内なる心の世界の不一致が生じる。言葉と心は一体でトータルであることが、本当の人間のあり方である。嘘をつくということは、言葉と心に、さらには言葉と行動に分離をもたらす。人間に裏表があると、やがて無力感にとらわれ、生きる喜びが味わえなくなってしまうのである。


http://ww91.tiki.ne.jp/~matsu/youmeigaku.htm
引用

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 言行一致、邪な心を持たない。
なかなか耳の痛いことだ。
世間では、上のステージへいけばいくほど、本音と建前を使い分けないとやってはいけない事が多い気がする。
気がするというのは、そこへ登ったことが無いため、そう見えるからだ。

 アメリカの世界恐慌を防ぐための法案が否決されてしまったのも、
こうした方が世の中は良くなるとわかっていても、
自分の立場ではそう動くことが得策ではないと判断した者が多かったという結果だ。

 愚民政治と揶揄される民主政治の悪い点が白日の下にさらされた瞬間だった。
正義の国家と大統領が宣言しても、その重みは感じられない。
それを理由にアメリカが悪い国家だと批判できる個人は居ないのではないかと考える。

 事の大小を別として、自己の利益を守るために、本音のままに行動する事は円滑に世渡りする上で不可欠で、
それを拒むことができるのは聖人君子でなければ不足であろう。
この世に、そう多数の聖人君子は存在しないだろう。
誰でも一つや二つ、そういった妥協をして生きてきているものだ。無意識的にでもあると思う。

 そこを超越できて、己の良心に目覚め、事象毎に正常な判断を下せる心を培った者だけに許されることが、良知の発揮だろう。
普通の人間は、その域まで達する努力をしていく過程で死を迎えるが、
その生きざまは、美しく、泥臭く、共感の持てるものだ。

 本業に対しては、それくらいの気持ちと哲学をもって臨んでいきたいと考えている。

theme : 文明・文化&思想
genre : 学問・文化・芸術

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