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【エッセイ】糟糠を食らう~先駆の金屏風~

私の巡回ブログの中で、まほろばの泉様というブログがあり、気になる記事があったので、一部引用させて頂く。

数年前より安岡正篤という人物を取り上げた書籍が氾濫している
それも当人が亡くなられた後、弟子や有名人と称される者が金屏風を背に登場することが多く見られるようになった。

以前、御長男の正明氏と一夜投宿した早朝にこんな会話をした。

「ちかごろ安岡学という妙な学が流行っていますが・・」
「お弟子さんの中では父の説いたもの、あるいは臨機に遺した事績の背景となる学問ではなく、時の権力者との交流や人脈、はたまた増幅され偶像視する人たちがいますが、父は教育者です」

「偶像視する人は人脈を辿り利につなげたり、なかには安岡ブランドで食んでいる人もいます」
「父が存命なら出版させないものもあるし、そもそも名を遺すということに慎重であり、ある意味で遠ざける気風がありました。そういえば父が酒席で遅くなったとき『あなたのお弟子さんは名のある方が多いようですけど、下半身のほうは・・』と問われ、さすがの父も沈黙せざるを得なかった」

確かに脱税で収監された地方マスコミのオーナーや、人脈をつくることに勤しみ安岡ブランドのセミナーを利に繋げているマスコミ出身者、あるいは説かれたことをオウム返しに「解りました」といった途端、「そんな簡単に解るのか・・」と叱責された二世財界人もいるが、総じて安岡ブランドを吹聴して名利を貪っている。
 古人の言を用いて、ブログとして運営している私自身は心しなくてはならないと思った。
安岡正篤先生が生きておられれば、実際にお会いして人となりを観てみたいという願望がある。
しかし、其の後、「安岡正篤先生にお会いしたから…」「弟子入りした…」といった事だけで、自分を飾ろうとする愚は犯さないとは思うが、周囲から観れば批判の対象とされる事はありうる。
陽明学という学問を、ことさらに学問以上の物と警戒を抱く風潮を捨てきれない世の中だからである。

 しかし、陽明自身がそうであったように、安岡先生の経歴も私の遍歴も、色々やってみたが一番しっくり来るのが陽明学であったというだけの話で、例えば、「陸象山が編み出した」「高杉晋作が学んでいたから」という二次的な動機からではない。自分の近い考え方を探る内に、たまたま安岡先生の書籍に出会い、陽明学という物を知って、其の後で、幕末期の影響を識る事となった。少なくとも、安岡先生は、古今、洋の東西問わず哲学・宗教・政治を学んだ上で陽明学の立場を選んだ。私は、安岡先生の書籍を読んで、自分が書いているのではないかと錯覚に陥るほどに同じ事を考えている事に驚いた経験をした。勿論、それは一部で大部分は未知の知識であった。矛盾は感じなかった。


そもそも名を遺すということに慎重であり、ある意味で遠ざける気風がありました。


 こうした性格を知るには、身内の方の話ほど参考になるものはない。
残された文面から想像できる人格は、学者・教育者の立場を逸する事がない所を感じていた。
そういう分際を守る姿勢に尊敬を覚えたし、俗世で高名な人間に無いものを感じた。

 安岡先生のよく言われた「似非学問・宗教」が、現代では安岡先生の教えのコピーだけに終止する、もしくは、無理矢理現代に合致させて広まっている。
私の様な若輩が申し上げるのも憚られるかも知れないが、「活学」というのは活きてこそ意味がある。
つまり、本質をしっかりと学んだ上で、目の前の現実にどう処するかを考える事が大切で、「その教えが全て正しく信仰する物なんだ」という盲目的な物とされるのは「死学」なのである。
それを説いておられたのにも関わらず、先生の一番嫌いなタイプのブランド志向の人間が、先生の名前を標榜して金儲けをしているのは可哀相である。

 仏教でも、神道でも、キリスト教でも、イスラム教でも、人間次第で俗化させられて本来の価値を失ってしまう事は、これまで何度となく行われてきたが、結局の所、自分の良心を鑑みて「活学」なのか「死学」なのかを見定めて行動する他ない。死学と観られる行為をする他者への批判をするのは、時間の無駄だと思う。

 学問は、正しく受け継ぐ弟子と、そうでない弟子を必ず生む物なのだろう。しかし、作り出した人間に何の責任もない。その学を生かして偉人となる者も居れば、歪曲して捉え金儲けに走り功利を貪る者も居る。それはそれぞれの責任である。
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theme : 文明・文化&思想
genre : 学問・文化・芸術

tag : 安岡正篤 似非学問

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