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【画聖対談】やぎとり氏と会談す

 本日は、秋葉原の戦国メイドカフェにて、信濃六銭会のプロジェクトをお手伝い頂いている、やぎとり氏と対談する機会を得た。彼との出会いは、7年前に遡る。エンロン事件の煽りを受けて就職難の時期に、絵の道で生きていこうとしていた私であったが、彼の絵との出会いは衝撃的で、あの若さであれだけの画力と引き込む魅力を表現できる人物は類を見ず、ファンとなった。そして、私が30年絵を描き続けても彼の境地には到達できないと悟る。一方的な信頼感を持ち、何作品か描いて貰い宝物として持っている。当時の私には企画を実現する地盤と行動力が無く、信濃六銭会の会長にお声を掛けて頂くまでは、やぎとり氏の腕をお借りする機会が無かった。しかし、ようやく其の時が来ている。

 初対面であるが、メールでのやりとりはしており、違和感なくお会いできた。彼の絵師としての気質が本物であるのは、彼の絵に集中した生活リズムと、絵師として右腕に着けたサポーター、そして、線(テクニック)よりも観る事(対象に心を同じくする事)に重点を置いた姿勢に現れている。職人とはこう在らねばならないと感じた。そして、今回のプロジェクトでの活躍に確信を感じた。

 その場で、或るキャラクタを創作してもらったが、ものの数分で描き上げた。まぎれもなく彼の線である。それだけで感動していたのだが、彼の自分の作品に対する周囲の評価を肥やしにしようとする姿勢は、彼のレベルにあって大したものだと感心させられた。私は、自分の書いたものが間違いでなければ、そのまま曲げない気質なので、偉いなと感心させられた。

 でも、彼と私の共通点は、没頭すると家からでなかったりする様な気質ではないかと感じた。彼は、絵を描いている事自体、呼吸をする事と同意義であるかのように映った。こんな境地に達する人物はそうそうない。大概は年齢的にみても魅力のある事物に関心を奪われてもおかしくないのだが、彼の眼には入らない。傍から見ればストイックなまでの生活であるが、彼にとってはそれが自然なのである。こうした人物が、チャンスと道具を手にしたらどうなるか。考えただけで期待が湧く。一ファンとして、どの様に成功していくのか見守りたいし、協力もしたい。なにより、共に仕事が出来る事が誇りである。

 私が彼に抱く夢は、彼の実力が世に知れ社会的にも成功し、自分の事務所を持ち好きな絵をかける立場となることである。どんなに才能に恵まれても、人に指示されている内は本当の仕事はできない。彼の思うがままに描いて、それが芸術となるというのが理想なのだ。できるなら、早い段階でそういう機会を得られるに越したことはない。

 私はそれから生み出される作品を見る楽しみを持って生きることができるし、私の子どもが私に似て絵が好きであれば、子供の頃から弟子入りさせて技術を習得させたい。将来への種まきである。「絵を描く事は、人の感情を識る事」という境地で絵を描いている彼に習えば、人の気持ちを察する訓練にもなる。私もその感覚を絵を描きながら感じた事があるからだ。絵は感情の発露なのである。

私はこれだけ尊敬できる才能と若い内に出会うことができて運がいいと思う。

やぎとり氏のイラスト展示場

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tag : やぎとり 絵師 イラスト pixiv 画聖

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