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【台東区根岸・子規庵】正岡子規没地 「明治期の 息づかい聴く 八畳に 良き友達と 笑い散りゆく」瓠洲

 本日は、正岡子規が晩年に住んだ根岸の住宅・子規庵を訪ねました。
これから3年に渡り放映されるNHKドラマで司馬遼太郎先作の「坂の上の雲」で訪れる方も増えています。
館内、庭は撮影禁止なので、入り口と、ポストカード、お土産の御菓子の写真をアップロードしました。
ご覧下さい。
「ラブホテル 並び立つ道入(い)り込めば 古きを知りて 感慨に耽る」瓠洲
子規庵玄関
子規庵
「子規庵の建物は、旧前田侯の下屋敷の御家人用二軒長屋といわれています。
明治27年子規はこの地に移り、故郷松山より母と妹を呼び寄せ、子規庵を病室兼書斎と句会歌会の場として、多くの友人、門弟に支えられながら俳句や短歌の革新に邁進しました。 
 子規没後も、子規庵には母と妹が住み、句会、歌会の世話をつづけましたが老朽化と大正12年の関東大震災の影響により 昭和元年に解体、旧材による重修工事を行いました。
 昭和2年、母八重(83歳)没。同年7月子規の遺品や遺墨等を保管するため土蔵(子規文庫)建設に着工。 昭和3年、子規門弟を中心とする子規庵維持保存会が財団法人子規庵保存会として認可され、初代理事長には正岡律が就任いたしました。  
 昭和16年妹律(71歳)没後、同20年4月14日の空襲により子規庵は焼失。幸い土蔵は残り貴重な遺品が後世に残されました。現在の子規庵は昭和25年高弟、寒川鼠骨等の努力で再建され、同27年東京都文化史蹟に指定されて現在に至っております。」
子規庵HPより引用

「明治期の 息づかい聴く 八畳に 良き友達と 笑い散りゆく」瓠洲
子規庵・執筆を行ったヘチマの見える部屋から庭を臨む

 夏目漱石や高浜虚子、中村不折他多くの仲間が集まった部屋は、この写真の隣の8畳間で、ここは子規の書斎である。
何故机が欠けているかというと、子規は左足を伸ばせなくなってしまい、その為に特別製になっているそうだ。
それもできなくなると、布団の中から這い出した様な姿で執筆を行ったそうで、寝たきりになると、
妹の律が庭にヘチマを植えたり、鳥小屋を造り耳で楽しめるようにと、大変兄弟愛を感じる話である。
妹の律と母の八重は松山から東京へ出て、此処に一緒に住んだのだ。

 現在建っている子規庵は、昭和20年の戦火で焼けてしまい高弟の寒川鼠骨等弟子たちの協力により焼失前の建物に復元されている物です。

 この季節にも関わらず、ヘチマは棚から下がっておりました。ヘチマはそのまま置いておくと、ぶら下がったままになるほど丈夫な繊維で構成されているんだなと思いました。それから、子規の家ではヘチマ水を精製していたようです。

 子規は、体が弱っても、食欲は衰えず、秋山兄弟の様な生活とは違い、割と贅沢をしていたようです。体が病弱なのだから食べ物の贅沢という楽しみ位あって良いだろうと考えていたようです。そんな文章や句もありました。

 庭では、様々な植物が育っていましたが、やはり鶏頭は欠かせない様で、子規の寝所から見える処に植わっていました。

のぼうる
おみやげは、豆乳が使われた御菓子、のぼうる(野球の基になった、子規がつけた名称にちなんで)を買って帰りました。

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tag : 正岡子規 子規庵 台東区根岸 糸瓜 正岡律 正岡八重 散策

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