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卑怯なへつらいによって恩恵を手に入れたり… A・F・V・クニッゲ 人間交際術より

「卑劣なへつらいによって恩恵を手に入れたり、恩恵に報いたりしてはならない。人間として当然の義務に感謝は必要か。」

 だが、卑劣なへつらいに身を落としてはならない。恩恵を求めて取り入ったり、受けた庇護と引き替えに悪辣な人間の奴隷になってはならない。それは、卑劣な生き方である。誠実と義務の要求にさからって、不正に対して口を閉ざしたり、いわば恩恵によって買収されて、真実の声を沈黙させることがあってはならない。真の友人としての義務を果たすのなら、耳に入れるのが必要で有益であることを庇護を失い恩知らずと思われるのを覚悟で言えば、むしろ恩恵に十分に酬いたことになる。同様に、貴方を常々高く評価し、他所で貴方のことを弁護したり褒めてきたということで恩を売る人間がいても、それを許してはならない。もし、貴方は本当に賞賛に値するのであれば、彼は、敵に対してすら怠ってはならない義務を果たしたにすぎない。もし価しないのであれば、彼は公正で思慮のある人間なら友に対してでも真実を言うという義務を果たしていないことになる。


人間交際術 (講談社学術文庫)
 へつらいの得意な者が得する世の中と、まざまざと見せつけられる経験をしたばかりなので、ちょっと書きたくなってしまった一節。卑劣な者が力を持って、卑劣な人が恩恵を受ける世に於いては、正直で誠実な人間は不遇を経験することが多くなる。バランスがとれているのだ。

 ただ、自分がへつらう側の人間になるか、正直に誠実に生きるかは選ぶ権利が残されている。
倫理を守り墓場まで行きたければ、後者を選べばよいし、墓場に入った後に本人のみ為らずその末裔まで嘲笑の対象になっても良ければ前者を選べばよいと思う。

 言うべき事を言って、其の状況で友人に理解されなくても、言う事によって友人の努めは果たせたというのは共感できる。言うべき時機を逸して、後になって「○○だと思っていたんだよ」というのは、真の友ではない。傍観者である。

 ただ、どこまでしてくれるのが、そして、どこまでするのが友人かという範囲は個人差があり、
大石内蔵助と現代のコギャルでは全く範疇は違うであろう。だから、個人差は否めず、
上の一例は、著者の時代に於ける、ドイツの価値観での友人の概念と範疇である。
日本には日本独自の範疇があって然るべきであるが、得るところも多いので掲載した。

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tag : 人間学 生き方 A・F・V・クニッゲ 人間交際術

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