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誠があれば鬼神も感動 勝海舟 氷川清話より

 今年の七月頃であつたか、あまり久しく飴が降らなかつたから、おれはかういふ歌を詠んで、三囲の神(三囲神社 ・みめぐりじんじゃ 東京都墨田区向島二丁目5-17)へ奉納させたところが、ちやうどどの日雨が降つたよ。実に不思議ではないか。おれの歌も天地を動かし鬼神を哭かしむるほどの妙がある。小野小町や室井其角にも決して負けない。

七月十九日より編めなく暑さ烈しければ読みて奉る 物部 安芳(勝海舟のことである)

三囲の社に続くひわれ田を 神はあはれとみそなはさずや

 歌詞などはまづくつても、誠さへあれば、鬼神は感動するよ。今の世の中は、実にこの誠というものが欠けて居る。政治とか経済とかいつて騒いで居る連中も、真に国家を憂ふるの誠から出たものは少い。多くは私の利益や、名誉を求めるためだ。世間のものは勝の老いぼれめがといつて嘲るか知らないが、実際おれは国家の前途を憂へるよ。


氷川清話 (講談社学術文庫)
三囲神社とは・・・
三井寺の僧・源慶が霊夢を見て東国を巡礼していたところ、この地で荒れ果てた祠を見つけた。土地の人に由緒を尋ねたところ、弘法大師が創建した社という。源慶が自ら修築した。この時、地中より壺が出てきたため、ふたを開けてみると、キツネに乗った老翁の神像があった。この時、白狐が現れて三度巡ったことから「みめぐり」と称するようになったという。 元禄6年(1693)ひどい干ばつがあったため、近隣の農民は当社に集まり、鉦太鼓をたたいて雨乞いの祈願をしていた。ちょうど参詣にきた宝井其角は能因法師や小野小町が和歌を詠んで雨乞いをした故事に倣い、「夕立や田を見めぐりの神ならば」の句を詠んだところ、霊験を得て雨が降った。 これが評判となり、人々の信仰を集めるようになった。また、江戸に進出した三井家が当社を守護神として今に至っており、境内には三井家との関わりを偲ばせる石碑や社がいろいろある。 隅田川七福神に数えられる恵比寿神・大國神もその一つで、もとは越後屋(現在の三越)に祀られていたものという。 七福神碑は、第80代出雲国造で、出雲大社教を創始し、さらに政治家としても活躍した千家尊福による「恵比寿 大國 二神」。三井寺の僧・源慶が霊夢を見て東国を巡礼していたところ、この地で荒れ果てた祠を見つけた。土地の人に由緒を尋ねたところ、弘法大師が創建した社という。源慶が自ら修築した。この時、地中より壺が出てきたため、ふたを開けてみると、キツネに乗った老翁の神像があった。この時、白狐が現れて三度巡ったことから「みめぐり」と称するようになったという。
元禄6年(1693)ひどい干ばつがあったため、近隣の農民は当社に集まり、鉦太鼓をたたいて雨乞いの祈願をしていた。ちょうど参詣にきた宝井其角は能因法師や小野小町が和歌を詠んで雨乞いをした故事に倣い、「夕立や田を見めぐりの神ならば」の句を詠んだところ、霊験を得て雨が降った。
これが評判となり、人々の信仰を集めるようになった。また、江戸に進出した三井家が当社を守護神として今に至っており、境内には三井家との関わりを偲ばせる石碑や社がいろいろある。
隅田川七福神に数えられる恵比寿神・大國神もその一つで、もとは越後屋(現在の三越)に祀られていたものという。
七福神碑は、第80代出雲国造で、出雲大社教を創始し、さらに政治家としても活躍した千家尊福による「恵比寿 大國 二神」。


 勝海舟先生が、私同様に鬼神、つまりお稲荷様(ダキニテン)の霊力をお借りしようとしていたところに興味を引かれる。こう調べていくと、無意識に行っている行動が、先生とあまりに似ているために、驚くばかりである。私は雨乞いで鬼神・お稲荷様の力を借りようとはしていないが、鬼神を「哭かしむる」という辺りは勝先生らしい。しかし、こうは言っても、誠を説いているということに、真面目さを感じさせる。

 誠は天に通ずるを実感した勝海舟先生が、誠の必要性を当時の政治家に求めることが、
「老いぼれがまた戯言を言っているわ」と揶揄されることまで洞察・計算した上で述べる辺りが、
彼の現実を見抜いた上で、あえて発言する勇気というか侠気を感じる。こういうところも大好きである。

 私も、周囲が私が鬼神の力を借りることを真剣に考える事を、「あの馬鹿、この時代にオカルトじみた真似を・・・気でも狂ったか」と揶揄されるであろう事は承知の上で、公言して鬼神を祀っている。
しかし、人々、物事の本質を見抜く心眼を磨き、それを世の中の為に役立てる事(人材発掘・問題発見解決)が私の役割であり、それに一番近い能力を持った鬼神が「天狐様」の千里眼の能力である事を調べて祀って、その御力を私事には使わない契約というか約束をする事が、私なりの誠なのである。
鬼神であるから、契約を破れば、ダキニテンの事だ、遠慮なく、私の体を食い尽くそうとするだろう。説明は後で加える。

 上杉謙信公の信仰した、毘沙門天には、リスクはなく安全な信仰対象であるが、荼枳尼天ダキニテン)つまりお稲荷様は、ヒンドゥー教に於いては、最初は農業神であったが、後に性や愛欲を司る神とされるようになった。現在のヒンドゥー教ではカーリーの眷属とされ、人肉、もしくは生きた人間の心臓を食らう夜叉神となっている。ということで、かなりリスキーな鬼神でもある。後に、大日如来が化身した大黒天によって調伏され、死者の心臓であれば食べることを許可されたというが、本心を言えば、気が気ではない。
しかし、信仰とは、選ぶものではなく、結ばれるものだ思うので、私は縁あって出会った荼枳尼天を祀ることとしている。

 私が原因不明の心臓の病で急死したら、誓いを破ったと思ってもらって良いかもしれない。
逆に、孫たちに面倒がられながら、古典の引用ばかりするケッタイな爺さん(笑)として長命したら、誓いを守り通したということであろう。

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tag : 人間学 生き方 勝海舟 氷川清話 誠があれば鬼神も感動 三囲神社 雨乞 稲荷 荼枳尼天 ダキニテン

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