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君子の徳性 菜根譚より

士君子は貧なれば、物を済(すく)うこと能(あた)わざる者なり。人の痴迷(ちめい)の処に遭わば、一言を出して之を提醒(ていせい)し、人の急難の処に遇(あ)わば、一言を出して之を解救す(かいきゅう)。亦(ま)た是れ無量の功徳なり。

訳:立派な人というものは、とかく貧乏であるから、人を物質的な面で救うことはできない。しかし、愚かで迷っている人に会うと、ちょっと言葉を掛けてその迷いから呼び覚ましてやり、また危難に苦しんでいる人に会うとちょっと言葉を掛けてその苦しみから救ってやる。またこれも、立派な人が持っている計り知れないほど優れた徳性である。

清朝本全訳 菜根譚
 君子であるためには、功利と名利を捨てなければ到達することが出来ない為に、基本的に裕福にはなることは出来ない。その行動が、名を売るための行動であれば、どんな善行も君子へ近づく為の徳性の修養とはならない。

 物質文明である現代では、これの逆を行く事が正しく、「成功者」「時代の雄」と呼ばれている。ただ、彼らを見ていると、太いが短いロウソクを下からヤスリですり減らしながら燃やしている様なに映る。歴史に名を残す大物は、大きくは成功を敢えて取らず、其の分長く、無理なく良い時代を長らえるものだ。一時の成功というのは、歴史には残らない。それと、君子という姿とは似つかわしくない。

 この、「ちょっと言葉を掛けて」というのが、なんとも、お節介老人の姿を想像させる。
私の母方の祖父や、恩人の方はまさにこういう人物であった。
その為、葬儀の際に明かな結果となって、眼に見える形で大勢の借りのある人々から惜しまれた。

 私の母方の祖父は、金持ちでもないし、まぁ学歴は良く、近衛兵として戦時中お側にいた人物だったらしいが、全く偉そうなところが無く、「タバコのわかば」やパイプ、キセルをくわえて、私を毎日上田城跡公園へ散歩に連れて行ってくれたものだった。そこで、困っている人が居ると、ついお節介で声を掛けるのだ。葬儀にはそんな些細な縁で、わざわざ来て下さる参列者の方が居たのに、驚いたものだ。それと、躾には厳しかった。まさに道徳者といったイメージだ。

 恩人の方は、高校時代から面倒見が良く、商売で成功されて財を成したが、それを人の面倒を見てやるために、惜しげ無く使える人であった。私が最後に見た人助けは、私が町でよく見かけ、何故か声を掛けてくる歴史に詳しい老人が、偶然にも私が恩人を訪ねた際に居られ、お互いにびっくりした。其の老人が帰った後に、「あの人は身内が居ないから、自宅を売って一生面倒見てくれる施設を探していて相談に来た。なんとか紹介して助けたいと思う」と、私に話した。その老人が、私に話しかけてきた理由がなんとなく理解できた気がした。その後、其の老人の終の棲家は見つかったそうで、安堵した。しかし、あの高齢でありながら、人から頼られるというのは、人徳と信頼があるからだと、改めて可愛がって頂けることに恐縮した。

 その二人の老人達は、私に同じように、単純だが、困っている人が居たら、出来る範囲で良いから助けなさい。と、自らの姿をもって、私へ同じ道を歩く様に誘ってくれたのかも知れない。普通の感覚で、「経世済民の為に生きる」なんて恥ずかしくて言えないはずだが、生きた君子の姿を見てくると、言えてしまうものである。

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