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「一斎の主義」 佐藤一斎 言志四録より

 古人がそれぞれ自得した所を挙げて世に示すことはよい事である。
ただ、その自得の仕方が各々異なっているので、後の人がこれをよく会得することは出来ない。
それで、各自受け取った所に片寄って、その一つをとって主義とするために、結局さまざまな弊害を生ずることになる。
自分は会得して一つの主義としたり、或いは一つの名目を立てたりすることはしない。

 思うに、名目を立てない所が、自分の主義なのである。
人が批評して「それでは、あたかも柁(かじ)の無い舟のようなもので、舟の着く所がわからない。」というであろう。
自分は「自分の心が柁なのであるその力の着け所 力点 は、各人自ら自得するにあって、必ずしも同じようにする必要は無い」と考える。
一つの事に執着して他の百の事を廃してしまったならば、かえって舟の行き着く所を得られない 目的を達成する事ができない であろうと思う。

言志四録―座右版
・古人の学を明らかにする事は良い
・古人の学を現代風にアレンジして活学しないと駄目だ
・一つの学に片寄るとその弊害を被る
・様々な学派の教えを学習し、できあがった自分という人格=その学問

 こういった事を述べて居られる。
この時代の人間で、一つの学派に囚われずに発想できる人は数少なかった。
上杉鷹山の師匠・細井平洲が若い頃に京都の学問所の門を叩いたが、同じ学派の先生からの推薦状が無くては取り合ってもらえず、その様子が、「自己の学派のみを尊重する姿」に映り、違和感を感じたと語ったようである。

 私も平成の世に生まれながら、歴史や中国古典、人間学と固執せずに学ぶのは、学者となるためではない。
世の中が乱れていればいるほどに、その世間ですべき課題は多い。
課題を解決するには、政略、学問、様々なスタンスがあるが、私は政略には縁がないので、
学問で経世済民をすることになった。ただ、学派などないし、本も記しては居ない。

 私は、これまで9年間吸収してきた知識と経験と、古人の残した知恵を活用する自分自身が学問の集大成で。それは、生きている限り成長を続ける。だから、多くの人へ手本となる教典を残す事も無いだろうし、そんな時間があったら、現在目の前に起きている問題に対して、現代人の思いつかない発想力で知恵を出す事に専念していきたい。

 佐藤一斎先生は、多くの言葉を残し、言志四録を完成させられたが、考え方は近いと感じている。「折衷派」「実学者」と当時呼ばれた部類になろう。周囲に漢籍の先生が居なかったし、学ぶ場所もなかったので、読書による完全独学である。細井平洲中西淡淵のような理解ある学者と出会えたが、私の場合、なかなか縁に恵まれないので、「古書の中の先達者を師とせよ」という言葉に従っている。残念な事に、弟子にして貰いたい人々が私の生まれる数年前に死んでしまっているのだ。

 「何学を学ばれましたか?」と問われたら、「この胸中に混沌としております。」と答えるのが今の私だ。

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tag : 佐藤一斎 細井平洲 中西淡淵 折衷派 実学者 学派 人間学 一斎の主義

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